演劇教育の第一人者である東京学芸大学名誉教授(元副学長)に聞いた、親子のコミュニケーションにおいて大切なこととは?
今回、演劇教育の分野でご活躍されている小林志郎先生、平井真奈先生へのインタビューが実現しました!小林先生は東京学芸大学名誉教授(元副学長)で、ご退官後、有明教育芸術短期大学を創設され初代学長をつとめられました。教育研究者として演劇教育や大学の管理運営に尽力されてきた方です。平井先生は、「0歳から音楽や演劇に親しめる暮らしを当たり前にする」ために、乳幼児とその保護者を対象としたコンサートやミュージカルを作ったりなど様々な活動をされています。
まず第一弾として、今回は小林先生へのインタビュー記事をお届けします!
日本の演劇教育の第一人者である小林先生に、子どもの自信を育むことに繋がる「演劇教育」の魅力や、それが子どもの成長にもたらす効果、そして親子のコミュニケーションにおいて大切なことなど、じっくりお話を伺いました。ぜひ、育児の参考にして頂ければ幸いです。
「演劇教育」とは?
国則:本日はよろしくお願いします!まず始めに、小林先生がこれまでに演劇教育の分野で取り組まれてきたご活動についてお伺いさせてください。
小林先生:よろしくお願いします。私は豪日交流基金の支援でオーストラリアのドラマ教育を調査研究し、タスマニア教育省のDr.Parsonsやヴィクトリア州の教員を日本へ招聘したり、私のゼミに所属していた小中高校の教員をオーストラリアへ派遣するなどの教育研究の国際交流をしていました。40年ほど前になって、大学も〈演劇上演を通した教育〉ではない、〈演劇の機能をツールとする教育〉の存在を認めるようになりました。その頃、演劇教育の改革のためには、研究に力を注ぐだけでなく、大学の管理運営にも携わった方がより展望が開けると考え、ファカルティ・デベロップメント(教員の研究・教育能力や教育システムの開発など)、教育組織の改革、評価方法の確立、外国の大学との教育・研究交流等に積極的に参加しました。
国則:演劇教育の改革のために、研究だけでなく教育機関である大学の管理運理にも尽力されてきたとのこと、素晴らしいです。現在は、どんな仕事に取り組んでいらっしゃいますか?
小林先生:最近ではオーストラリアの有名な童話作家メム・フォックスが、「幼児にどうやって演劇を教えるか?」という本を書いたので、その翻訳をやっています。ようやく昨年末で翻訳が終わりました。もう一つは『ドラマ&シアターゲーム』という教師用指導書も脱稿し、今年の3月には発行される予定です。
国則:本の執筆から翻訳まで幅広いですね。小林先生の「演劇教育」に対する情熱が、本当によく伝わってきます。読者の方は「演劇教育」に馴染みがないと思うので、演劇教育の第一人者でもある小林先生にお聞きしたいのですが、そもそも演劇教育って何でしょうか?
小林先生:参加型のアクティブ・ラーニングです。演劇教育は、子ども達がみんなでドラマの1つのシーンを即興で作ることから始まります。したがって台本は用意されていません。表1にもあるように、上演が最終目的であるシアター教育との違いですね。子ども達は、現実とは違う場所を設定し、自分以外の人間になり、これまでの経験を使いながら新しい人物の新しい生き方の1シーン作りに挑戦します。子どもは自分が持っているボキャブラリーの中の言葉を喋り、他の人物と交流しながら、考えや感情を表現する能力を育むのです。そして重要なのが、最終目的はコミュニケーション・スキルの学習ではなく、「ポジティブな自己イメージを獲得すること」という点です。
(表1)
ドラマ教育 | シアター教育 | |
台本 | ✕即興 | ○台詞や構成上の筋書きは台本に書かれている |
劇場 | ✕オープンなスペース、または教室 | ○ 上演空間と観客空間が用意されている |
演出 | ✕ | ○ |
観客 | ✕ 積極的に不要であるクラスメート | ○ |
舞台装置 | ✕ | ○ |
照明 | ✕ | ○ |
コスチューム | ✕ | ○ |
国則:なるほど。子供が自分に自信をもつことを、最終的な目標とされているんですね。
子どもたちにとって、テキストが用意された劇を演じるのではなく、即興で劇を数分間も演じるのは困難ではないでしょうか?
小林先生:鋭いご指摘です。人に見せる即興劇を演じるのは至難のわざです。ドラマ教育の即興では、1分か2分の短いシーンを演じます。子どもたちが演技に行き詰まるのは、表現に使う情報や材料が足りないからです。そのときは即興を止めて、何が不足しているかチェックし、再度調べたり、新しい展開の可能性を推測したりします。
国則:机の上で勉強するだけだと身に付かない自分を表現する力や、相手の立場や状況を想像する力が鍛えられそうですね。小林先生は、演劇教育が子ども達にとって良いと言える点は何だとお考えですか?
小林先生:子どもたちに「意思決定」という重い経験をするチャンスを与えていることだと思います。10年前、20年前に教えた生徒や学生たちに聞いてみると、常に「意思決定」や「行動の選択」を求められていたと言っています。自分の考えを見つけ、それを表現すれば仲間に伝わるのが不思議だったとも言っていました。また、「成功や失敗」、「上手下手」、「誰が一番で誰が二番」という評価がないことも良いと思います。達成基準は一人ひとりが異なっていていい。指導法も必ずしも同一でなくていい。とくに評価の項目・基準を画一化しないでいい。評価の自由・多様性を持つ反面、子どもと真摯に向かい合い、独立した人格と認める勇気が要求されます。
国則:演劇教育では、成績の序列がないんですね。「上手下手」が問われないと分かれば、子ども達が自由に、しかも自信を持って表現することに繋がりそうですね!私にとっては、何よりも「ドラマは子どもたちに意思決定という重い経験を求める」という言葉が印象的でした。演劇教育は、人間教育というか生き方の学習をしているのだなと理解しました。
親子のコミュニケーションで大切なこと
国則:小林先生はこれまで、演劇教育を通してたくさんの親や子どもたちとも関わってこられたと思いますが、親子のコミュニケーションで大切なことって、どんなことだと思いますか?
小林先生:親子の関わりの中で、子どもに自信と、自分に対するポジティブなイメージをもたせてあげることだと思います。子どもたちが自分に自信をもつためには、「表現力」と「コミュニケーション能力」を身につけさせることが不可欠です。
国則:その考え方は大賛成です。「表現力」と「コミュニケーション能力」はとても大切ですよね。ÉHON INC. でも、絵本を贈られた子ども達が、将来自分の気持ちを素直に人に伝えられるような大人になってもらえたらいいなと考えているんです。親や祖父母、身近な人(贈り手)からの気持ちを絵本の中から伝えてもらうことによって、子ども(貰い手)は相手からの気持ちを素直に受け取ることになる。絵本を贈られた側は、その体験が思い出になったり記憶に残ることで、今度は自分も大切な人に、想い(愛情)を恥ずかしがらず素直に伝えることができるようになってほしいなと。
小林先生:素敵なお仕事ですね。「表現力」と「コミュニケーション能力」を身につけることは、自分への自信へと繋がっていきます。表現・コミュニケーション能力を身につけるには、まず子どもに集中力をつけさせることが重要だと考えています。
国則:なるほど、集中力が表現・コミュニケーション能力を上げる鍵なのですね。
小林先生:はい。集中力は子どもたちの「表現・コミュニケーション」にエネルギーと照準を合わせる力を与えてくれます。ドラマ教育では、集中させられているという受け身な状態ではなく、興味や関心が高まり自分から能動的に集中するという力を子どもたちが獲得できるよう、学習方法を開発してきました。集中力をあげるトレーニングには、4つの基本軸からアプローチすることが大切です。1つ目は、他者と一緒に働く協働・連携する学びの軸。2つ目は自己規制・自己鍛錬を経験する軸。3つ目は配慮と信頼を学ぶ軸。4つ目は妥協する能力(我慢や寛大さ)を獲得することを目的とする学び軸。これらの軸を支える楽しいゲームやアクティビティを一人で、グループで、またその場にいる全員でこなすことによって、子どもたちは受け身ではない能動的な集中力を身につけることができるのです。
国則:集中力が、その先にある「子どもが自分に自信をもてること」に繋がっていくのですね。自己肯定感はとても大切ですよね。オリジナル絵本も、絵本を贈ることで、贈られた側は「自分は愛されている」と感じられて自己肯定感が高まるのではないかと考えています。オリジナル絵本を贈られた子どもたちが、自信をもってくれたら嬉しいですね。
「教育」も「絵本」も結果ではなくプロセスが重要
国則:演劇教育で身につけることができる、想像力や自分を表現する力、コミュニケーション力などは評価が難しいと伺いました。子どもが自分で、出席数や授業態度などを参考にして成績をつける、いわゆる自己評価などもあるのでしょうか。
小林先生:はい、国則さんがおっしゃる通りです。その他にグループで評価し合う、他のクラスの教員に評価してもらう、第三者に評価してもらうなどいろいろな評価法があります。ドラマの教育は何を評価するのかを授業の当初に定めておくことです。一人ひとりの子どもの達成基準と評価内容が違ってもいいし、一人ひとりの子どもと話し合って決めることがあっていいのです。オーストラリアのタスマニア州にドラマという教科を導入した学者であり文部官吏でもあったベス・パーソンは、ドラマの学習指導要領の中で、
『DRAMA、それはプロセス (process) であり、作品 (products) ではない』
と書いています。ドラマは、授業で演劇作品を作って発表することを目的とする教科ではなく、20回ないし25回のドラマという授業のプロセスの中に教育価値を見出そうとする個性的な授業だという意味なのです。
国則:なるほど。発表会をやって、作品や演技の出来を評価するのはテストと同じになりますよね。だからこそ、授業という連続する活動プロセスに価値を置いているんですね。これは、ÉHON INC.でも同じく大切にしている考え方です。いい絵本が作れますか?と質問をいただくことも多いですが「大切な人を想いながら、その人に向けて世界に1冊だけの絵本をつくる」この過程がとても大切だと考えています。「絵本をつくる」というプロセスと、そこで体験する宝物をお届けしたいんです。
小林先生:素晴らしい発想とそれを実行する行動力を応援したいです。お客さんとどんな絵本にするかを一緒に考えて、協働して作る日々がある。ÉHON INC.の話を初めて聞いたとき、親子がコミュニケーションをとるための斬新なツールである以上に、子どもに対する愛情を確認し、形にしていく創造作業を供給する仕事なんだなと思いました。
国則:そうご理解いただけると嬉しいです。オリジナル絵本を通して、相手への愛情がしっかりと形となって伝えることができます。元々は、コミュニケーション不足だったりもっと子どもとの時間を増やしたい家族が、絵本の読み聞かせをすることによって子どもと触れ合う時間が増えるきっかけになればいいなと思ってたんです。その絵本の内容に贈り手の考えたメッセージが込められていれば、より愛情が伝わるかなと。
小林先生:いい着眼点ですね。国則さんの絵本は、愛情を客観的に見る、聞く、触ることができるツールを工夫した作品だと評価したいです。愛情が形として残るのは、とても嬉しいことです!
国則:そうですよね。愛情が形として残る絵本。そしてそれを作るまでの時間、プロセスを大切にしながら、今後もオリジナル絵本作りのお手伝いができたらと思っています。
小林先生だったら世界に1冊だけの絵本を誰に贈りますか?
国則:もし小林先生が、世界に1冊だけのオリジナル絵本を作るとしたら、誰に贈りたいか、最後にお聞きしてもよろしいですか?
小林先生:息子に贈りたいですね! 彼はもう40歳くらいになるけどね。息子に絵本を贈ると想像すると、すごく照れくさくて、想像しただけでドキドキしますね。
国則:もう大人になられていますし、身近な人に自分の想いが込もった絵本を贈るとなると、少し恥ずかしい気持ちになりますよね。ただ、絵本を贈られた息子さんは、とっても喜ばれると思います。
小林先生:そうですね。ただ、よくTVドラマで親父と息子が飲み屋でお酒を飲んで語り合うシーンとかがあるけど、そういうのはやらなくていいかな(笑)親子の間では歳をとってくると、恋人のように黙って見つめ合うような、黙って仕事ぶりを眺めているような感覚が出てくる気がしているので。
国則:特に何をする訳でもなく、存在するだけで繋がっているっていうことですね。素晴らしいことだと思います。相手への今の想いを率直に伝えるだけではなく、これまでの相手との思い出(過去)や、これから一緒にやりたいこと(未来)なども自由に表現できる点がオリジナル絵本の可能性だと考えています。相手へ気持ちを伝えるのが照れ臭い!という方にも、無理やり押し付けるのではなく、その方に合ったやり方で、大切な人へ気持ちを伝えられるお手伝いをこれからもしていきたいなと思います。インタビューありがとうございました。
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演劇教育への情熱が熱い、小林先生。親子のコミュニケーションで大切なことなど、アカデミックな観点からお話を伺いました。子育ての参考になれたら、幸いです。
第二弾、平井先生へのインタビュー記事はこちらからご覧いただけます。
『演劇教育の第一線でたくさんの親子と接してきたから分かる、親子のコミュニケーションで大切なこと』
教え子です!
先生の授業は、英語の原書を読み込んでいくので英語が苦手な私にとって、なかなかハードなモノだったんです。
それでもなぜか教室に向かう足取りは軽かった。
教室内の自由な雰囲気が心地よかったんです。
なあん〜と!私が苦戦しつつの英文がここに繋がってたんですね。
結果ではなくて過程が大事というのがなるほどと思いました。
子育てしている中で、どうしても結果というか、子どもが起こしたことにばかりに目を向けてしまいます。
自信をもってもらうに本を送るというのも素敵ですね。
教え子の村上です。自分は、どちらかというとシアターを志向する立場で、子供たちを相手にしても台本のあるものを使用しますが、ドラマ教育というのも感覚的には理解できます。教育現場にいると、演劇教育=シアターという理解が一般的な気がして、実践例やノウハウを積み上げていくことと情報を発信していくことが必要かと思いますので、今後も末永く元気に、推進に努めてください。自分もがんばります。
かつて小林先生が東京学芸大学の一般教養で「演劇鑑賞」という講義をされていた時の教え子です。あの時、小林先生から教えていただいたいくつもの演劇的ゲームは決して上演というゴールを目指すためだけのツールではなく、アクティビティそのものがコミュニケーションであり、「楽しみ」でした。その後、私も教員となり、演劇部の指導やクラス劇などの活動に携わってきました。演劇を通じて子供達は、一人ひとりが皆同じだけ重要なんだという真理に気づき、そこから自己肯定感を獲得していったように思います。またどこかで子供達と劇作りをしたいなぁ。